ランニングをライフスタイルのど真ん中に

Why I Run:Stories from Runners

vol.1 牧野英明さん 後編

Text:Shun Sato

フロンティアへの挑戦

牧野英明さんは現在、会社でBtoBを専門とするクリエイティブ部署に所属している。企業PRビジネス、BtoBビジネスが主たる仕事だ。

「ブランドを使って他社製品を作ったり、プロデュースしたりしています。これはコラボレーションとは違って、商品は自社では販売していないんですけど、他の店でブランド名がついた商品が販売されています。ただ、名前を貸すだけではなく、商品のディレクションとか、プロモーションとか、クライアントと二人三脚で取り組むのが僕らのスタイルなんです。」

例えば、大手スポーツ量販店で販売されているプライベートブランドのプロデュースモデルがある。これは牧野さんのマラソンやランニングでの経験を活かして生まれたプロダクトになっている。こうしたランと仕事が重なるようになったのは、最近だという。

「僕は、もともと販売を10年以上やった後にその経験を活かしウェブ担当となり、商品コメントを書いたりしていたんですが、社内公募があって、自分の強みを活かせることをやりたいと思って今の部署に異動したんです。

そもそも僕は良い子ちゃんではなかったので、すぐに上司に噛み付く不良社員でした(苦笑)。でもサブ3を達成したことで会社でも仕事以外で一目置かれるようになり、社内外で『おもしろい奴がいる』みたいに取り上げられて、業界の人達と仕事ができるようになりました。そうしたら会社でも不得意なことをやらせておくよりも、得意なことをやらせておいた方が会社にとって得だっていうことで自分のポジションを獲得した感じです。今や絶対に仕事として携われないと思っていたバイイングの権限もいただけるようになり、自分が一番びっくりしてます。まさに、窓際社員が窓から外に出て、また窓から戻ってきた感じです(笑)」

ウエア作りにおける自分の強味

今のラン二ングシーンは、ラン二ングのインフルエンサーがウエアを作ったり、チームごとに自分たちでデザインしたウエアで走るようになってきている。また、いろんなメーカーがランニング業界に参入し、新しいウエアが販売されている。そういう競争の中で牧野さんが他との違いを明確にできるところは、自身の経験にあるという。

「スポーツウエアを作っていますが、僕が他と違うところは、何十年とファッション界に従事し、その造詣が深いところかなと思っています。ラン二ングだけど、僕はファッションという専門分野の知識がすごく重要だと思うんです。マルチタスクというか、ランとファッションと並行してものつくりをすることで、独特のカラーが出てくると思っているんです。端的にいうとランニングもファッションのことも両方分かるというポジションでやれているのが僕の強みかなと思っています」

革新的なコラボ

牧野さんはランニングウエアをプロデュースし、メーカーのサポートをし、イベントに参加し、マラソンの大会に出る。

この人は、いったい、何をしている人なのだろうか。

普通は個人の活動を枠にはめたがるが、牧野さんは「何でも屋」と笑顔でそう語る。

「それこそウチの会社の精神なんです。世の中にあるおもしろいもの、いいものをセレクトしてくるのがセレクトショップです。だから、興味のあるもの、おもしろいものには顔を突っ込んでいくし、その場を楽しんでいます」

フットワークが軽く、いろんなところに顔を出していくのは、仕事の側面もあるが、人と人を結びつけてラン二ングの輪を広げ、その化学変化を見るのが楽しいからでもある。例えば、アシックスとランニングウェアブランドのエルドレッソを繋げたのは、実は牧野さんだったらしい。

「エルドレッソとコラボできればすごいものが生まれますよってアシックスに紹介したら、本当にそうなりました(笑)。もちろん僕はただのキッカケを作っただけではありますが、そういうブランドを知らないと繋げないので、そういうネタをいくつも持つためにもいろんなとこに顔を出すのは大事だなと思っています」

どこの誰でもない自分

ファッションへの造詣が深く、ラン二ング業界にも明るい。本業でモノづくりにも取り組んでいるためプロダクト作りのノウハウもある。それなら自らブランドを起こすことが容易だと思うのだが、牧野さんは「それはない」という。

「僕は、アイデアは持っていると思うんですけど、何か新しいブランドを作って自分でやるとかはないですね。とにかくビジネスセンスがダメダメなので。だからフリーになることも正直、会社をクビにでもならない限りはないと思います(笑)。出世はまったくしていないですけど、いま上司とは相性が良くて評価してもらっていますし、自由に自分のやりたいことをやらせてもらっている環境にいます。これからも機会があればなんでもやっていきたいですね」

牧野さんのやりたいことをやる、いいものを追求するというマインドは、ラン二ングにも顕著に見て取れる。RETO RUNNING CLUBを始め、「健ちゃん練」、「LOUD RUNNERS」「TRYING RUNNING CLUB」など複数のランニングチームと携わっている。

「いろんなチームに顔を出すのは、いろんなブランドのランニングシューズを履くのと同じで、『なるほど、ここはこういうチームカラーか』『ここはこういうところがいいね』というのを理解して、その良さを知ることが大事だと思っているんです。いろんなところに顔を出して、『おまえ、どこの誰なんだよ』って言われそうですが、そう言われたら『どこの誰でもないのが俺なんだよ』って言おうと思っています(笑)」

RETO独特の文化

牧野さんは、基本的に日程さえ合えば、練習会やイベントのお誘いはほとんど断らない。イベントや練習会によっては女性のみや高齢者だけのケースもあるが、「ランナー全員と友人になりたい」というスタンスなので、喜んで参加している。

いろんな世界を知る牧野さんにRETOは、どう見えているのだろうか。

「RETOは、現役のトップアスリートである神野くん(神野大地)やタムケン(田村健人)がコーチをやっているというのが強みとしてあって、みんな仲が良いですね。自分から退会しなければ継続していけるシステムは、マラソンの計画を立てる際に活かせるので、すごくいいなって思いました」

牧野さんが、一番驚いたのはRETO独特の文化だった。

「僕が一番びっくりしたのはMGCで神野くんを応援するために東京レガシーハーフを走らないという人がたくさんいたこと。これは、すげぇーなーって(笑)。一人で走っていると走っている人を応援するっていうのが、あまりピンと来ない。だから、僕は走らないけど応援だけに行くのってしたことがないんです。家族がいる中、応援のために家を空けるのがなかなか難しいという理由もあります(苦笑)。でも、チームで考えると、そういう応援もチームのためにってなるので、継続していけばいくほどそういう気持ちが強くなる。そこはRETOの独特なところで面白いなって思いますね」

ランニング軸のライフスタイル

牧野さんは、各チームの練習に参加し、ペーサーと並行しながら自分磨きもつづけている。ゲストやチーム、あるいは個人としていろんな大会に出走しているが、勝負と位置付けているレースがある。

「マラソンは、依頼もあってシーズン中、6、7本走っていますが、今も東京マラソンが一番ですし、僕の勝負レースです。今年のレースでは練習がうまく積めず、コンディションももうひとつで自己ベスト(2時間47分44秒・東京マラソン2023)を更新できなかったので悔しかった。来年、またチャレンジします」

牧野さんは、ラン二ングとファッションの混血文化を生んだ先駆者になった。これからもそのふたつを重ねたストーリーを紡いでいく。

「ラン二ングは、僕の人生を大きく変えてくれました。今では90%ぐらいランニング中心に生きていますし、それが今の僕の強みになって、仕事にも活かせるようになっています。きっと、死ぬまでラン二ングを自分のライフスタイルのど真ん中に置き続けていくんでしょうね(笑)。今の僕からランニングを抜いてしまったら走れない競走馬と一緒で、もう安楽死しかない(苦笑)。そう思えるものが見つけられたのは、すごく幸せだなって思います」

 

前編「サブ3が僕の人生を変えてくれた」 

 

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