Text: shun sato
甘く見てはならない足首捻挫
足首捻挫は、ランナーにとって、一番身近でやっかいな怪我だろう。
“やっかい”というのは、完治が簡単そうに見えて、実際はそうではないからだ。
捻挫は経験がある人が多いので、整形外科には頼らず、個人の判断で処置を施すケースもよくある。冷やして、湿布して、あるいは固定して、腫れが引けば走れるだろう。そう、自己判断して、走り始める。しかし、それは逆に怪我を悪化させてしまうことが多い。そうなると、回復までの長期化は避けられなくなる。「あの時、やめておけば」「自重していれば」という後悔は先に立たず、仲間や友人が走力を高めていく中、悶々とした日々を送ることになる。
「足首捻挫を甘くみないこと」
フィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一氏は、そう語る。
「足首捻挫は、足の靭帯の損傷なんです。肉離れとか筋断裂は筋肉の損傷なんですけど、血管がたくさん通っているので修復する材料を血管を通して運ぶので正直な話、放っておいても治るんですよ。でも、足首捻挫のように靭帯や軟骨組織を損傷した場合、勝手には治りにくい」
捻挫は、靭帯の損傷程度によって三つに分けられている。
靭帯が伸びる程度の損傷をステージ1、靭帯の一部が切れるものをステージ2、靭帯が完全に切れるものをステージ3と定義している。
RETO RUNNING CLUBで講師を務める中野ジェームズ修一氏
RETORUNNINGCLUBメンバーの永田龍司さんは、昨年10月、帰宅ランの途中で右足首捻挫を受傷した。最初は湿布などを施し、安静にしていたが1週間後に腫れが治まり、走り出した。
「昔、足首を捻挫したことがあって、ちょっと休んで走り出したイメージがあったので、この時もそのイメージでちょっと休んだら走れるかなって思っていました。実際、1週間休んで20キロを走ったら走れたんです。でも、次の日にかなり悪化してしまいました」
筆者も昨年12月に右足首の捻挫を受傷し、1週間休んだ後、走り出した。永田さんと同じく過去の捻挫の事例からだいたいこのくらい休めば走れたという経験からランの再開時期を考えたのだが、こうした判断を一般的には行いがちだ。
避けたい自己判断とランニングの早期再開
中野氏は、経験からの自己判断が悪化させる一つの要因だという。
「捻挫は、誰もが子どもの頃に1度や2度は経験があると思います。子どもの頃は回復が早いんですが、その時にこの程度の捻挫でこのくらいの期間を休んで治ったという経験から復帰に対する基準が生まれるんです。でも、大人になって怪我すると年齢を重ねていくほど治りが遅くなっていきますし、靭帯の損傷なのでそもそも治りづらい。にもかかわらず痛みがなくなった時点で走ってしまうので、また損傷してしまう。それを繰り返していくと捻挫癖になってしまい、容易に捻挫が起こりやすくなってしまいます」
永田さんは、痛みが再発した1週間後、病院に行き、ステージ3の捻挫、全治3か月と診断された。その際、自分の感覚とドクターの診断が一致して内心ちょっとホッとした気持ちとマラソン1か月前だったので断念せざる終えない悲しさで一杯になったという。そこから足に負担を掛けず、体の機能を維持向上するために瞬発力、持久力、心肺機能の3つをトレーニングプログラムに取り入れた。瞬発系はウエイトトレーニング、持久力はウォーキング、心肺機能はエアロバイクのトレーニングをノーラン期間の2カ月つづけた。
「チームメートのトレーニングメニューが共有されるアプリもあまり見ないようにしてストレスを溜めないようにしていました。また、太らないように食事を考えつつ、睡眠時間はかなりたっぷりとっていました」
一方、筆者の場合は受傷して1週間後、走り始めた。くるぶし付近に腫れがあったが永田さんほどの痛みは感じず、目標としていたレースもあったのでアイシングをして走ることを継続していった。だが、レース(2022年12月のBeyond)で痛みが爆発し、途中棄権。その後の診断で全治2か月半と診断された。腫れても走れると過信しての顛末である。
計画的に対処しランニングを再開した永田さん
中野氏は、受傷した際は、「しばらく安静にするのが一番」という。
その観点からすれば永田さんが全治3か月を宣告され、2カ月ノーランで過ごしたのは、お手本のような対応だ。ただ、2カ月間も走れなかったので、いい状態で走れた頃の動きを忘れてしまい、自分の体が自分のものじゃないような感覚にも襲われた。それでも約3か月後の今年1月のハイテクハーフ前に状態が良くなった。思うように足首をコントロールできるようになり、ハイスピードでのポイント練習ができるまでに完全回復し、レースでは自己ベストを更新した。それまでちょうど3か月間で、ドクターの所見通りだった。
自分の場合、レース(Beyond)以降ノーランとしていたが、東京マラソンがあったためにわずか11日目にランを再開した。東京マラソンに賭けていた分、そこから痛みと野球ボール大の腫れとの格闘が続き、2月には藁にも縋る思いで鍼灸に毎週、通った。中野氏は、「走り始めた段階で痛みと腫れが出るということは、そもそも走っちゃいけないので、アウトです」というが、その通り、結局走れるようにならなかった。
4月に紹介してもらった鳥居先生(さがみ林間病院)に診てもらい、関節腔内注射で状態が好転に転じた。Beyond(2022年12月29日)での悪化から、6月のRETORUNNINGCLUB練習会で本格的に練習を再開できるまで約半年を要したことになる。
永田さんと自分の回復までの時間差は、年齢差や個人差があるにせよ、診断後のアプロ―チに起因している。目標レースを潔く諦めて医師の診断通りノーランを守った永田さんと鍼で痛みを取り、東京マラソンにすがった筆者。受傷後の対応の違いが復帰の明暗を分けたといえるだろう。
無理をして出場したレースでは痛みで途中棄権となった(筆者)
捻挫時の正しい対策
中野氏は、こう語る。
「捻挫で一番効果があるのは、やってしまった時に1秒でも早く処置ができたかどうか。簡単に言うと、その時にアイシングができたかできないかで回復時期が大きく異なってきます。次に、過去の経験から自己判断をしないこと。ちゃんと患部の画像を撮って診察をしてくれる整形外科に行くことが、第1優先になります。そこで映像を見ながらドクターにアドバイスをもらうことが大切です。マッサージや鍼灸に行く人もいますが、まずは整形外科に行って、どういう状態なのかを把握することが大切です」
いち早くアイシングを行うことが重要という
ドクターからは怪我の状態と全治までのおおよその時間が言い渡される。おおよそというのは、前述したように個人差があるからだ。
診察後は、自分との戦いになる。
捻挫は、毎日同じ表情をするのではなく、その日によって痛みの表情を変える。永田さんはノーランの2カ月間、朝と夜では痛みなどに違いを感じることがあった。そういう時、平穏な心に「走れるんじゃない?」という悪魔の囁きが聞こえてくるのだが、そこで調子に乗って走るとすべてが台無しになってしまう。
「捻挫をして、リハビリ期間を経て復帰までに大事なことは、我慢です。具体的に言うと、痛みがなくなって走り始めようということへの我慢です。捻挫して時間を置くと痛みが引いてくるので、走れそうだなと思ってしまう。そこで我慢できずに走ってしまうと、完治を長期化させてしまうので、皆さんには“我慢”が大事だと伝えたいですね」(中野氏)
永田さんも「我慢が大事なのはよくわかります」という。リハビリしている最中、痛みが消え、もう治ったんじゃないかと思い、5キロほど走ったら突然痛みが出て、いつものトレーニングに戻った。それを何度か繰り返し、我慢することの大切さを学んだ。
自分は、患部に注射を受けた後、臆病なぐらい慎重にトレーニングを始めた。速く、長く走りたい欲を抑え、言われた通りのプログラムを守ってリハビリを継続した。ただ、5か月間のブランクは大きく、走力はまだ戻ってきていない。
――捻挫、受傷後の正しい対応――
- 受傷後はいち早くアイシング
- ドクターの判断を仰ぐ
- 一定期間、安静にする
- リハビリ期は、我慢
やってしまったものは仕方ない。足首捻挫に魔法のような施術や治療法はなく、ノーラン期間を置いて、ドクターに言われたことをしっかり守り、丁寧にリハビリに取り組むことこそが早期回復につながる。