text:Yuki Yoshida
「1日に500円以上使ってる人もいると思うんですよ、コーヒーに。そうすると、年間20万円近く。それだけお金を使うんだったら、もっとコーヒーに興味を持ってもよくないですか?」と話すのは、スペシャルティコーヒー専門店「TERRA COFFEE ROASTERS」(株式会社ハーモニー/TCR)の西村紀彦代表。
そして、こうとも。
「レストランに行ったとして、『これは〇〇産のトマトを使ったカプレーゼです』『メインには〇〇産のお肉を使っていて、ソースは〇〇風に仕上げています』『デザートは〇〇牧場の生乳を使ったアイスです』『最後に、食後のコーヒーです』。食後のコーヒーになった瞬間、めちゃくちゃトーンダウンするんですよ」。
……確かに。普段、いかにコーヒーに対して“何となく”だったのかを思い知らされました。
今回、RETOとTCRのコラボコーヒーが発売されるにあたって、西村代表にインタビュー。コーヒーへの想いやこれまでの歩みについてお話を伺っていると、コーヒーの未来の話にたどり着いていきました。
コーヒーとの出会いは、スポーツがきっかけだった
2021年10月にオープンしたTERRA COFFEE ROASTERS。拠点は大阪。今や、全国に取引先やファンがいる人気店です。
── 元々違う業界にいらっしゃったとか。コーヒー業界に入られたきっかけを教えてください。
2011年に、事務用品メーカーへの就職を機に、大阪から東京へ出て来ました。少し時間ができた時、ふらっとロードバイク専門店に入ったら、カッコいい自転車がたくさん並んでいて。以前から「ツール・ド・フランス」を観ていたこともあり、その場で買って、自転車に乗り始めました。
どんどん遠くに行けるようになって、1週間に300〜400kmも乗っていて。自転車で遠くに行った時、何を求めるか?っていうと、おいしいコーヒーとパンでした。そのうち、カフェライドをしだして、全国色んな所にコーヒーを飲みに行きました。
スポーツをする人って、コーヒー好きな人が多いんです。自転車乗りの人たちと交流するなかで、コーヒーに触れる機会が増えていきました。そうすると、徐々に「コーヒーって味ちゃうな」って思いだしまして。そこからは段々マニアックになってきて。SNSや業界誌を見て、海外からコーヒーを仕入れ始めました。
自分で生豆を仕入れて、プロが使うような焙煎機を買って。問屋と個人で付き合うようになりました。一人じゃ飲みきれないので、コーヒー豆をコーヒーやってる人にあげだして。そうすると「このコーヒー何ですか?」って。「あれ、このブランド知らんのか?」と。
日本のコーヒーリテラシーを上げる必要性を感じ、起業
── 小さな違和感が起業のきっかけでしょうか?その後、TERRA COFFEE ROASTERSをオープンされるまでの経緯を教えてください。
そのうち、海外のバリスタの大会を観るようになっていて。「このドリッパーほしいな」とか「このグラインダー使ってみたいな」とか思うんです。商社に行って「売ってますか?」って聞くと、「それ何ですか?」って。それで改めて思ったのが、日本ってすごくコーヒーのリテラシーが低いということでした。
コーヒーは世界で1番飲まれている飲料です。日本の消費量は世界で4番目。この島国で、これだけコーヒーを飲んでいるにも関わらず、蓋を開けてみると、いつ焙煎したかわからないような、どの国のものか明確になっていないような、生産者の顔が見えないようなコーヒーばっかり飲んでいて。で、「日本のコーヒーのリテラシーを上げていかなあかん」と思いました。
結局、みんな分かってないんです。食材にこだわっているレストランでも、「これ、どこのコーヒーですか?」って聞くと、「〇〇です」って、大手の社名を挙げるんです。これって、「TCR(西村代表の会社)のコーヒーです」って言ってるのと同じことで。「いや、知らんし」みたいな(笑)。だから、本当にシェフも知らないし、コーヒーをどこに頼んだらいいかなんて、誰もわからないんですよ。
── なるほど。それで起業を?
サラリーマンをしながら、コーヒーのリサーチを進めるなかで、めちゃくちゃブルーオーシャンだと思ったんです。けど、周囲は、僕がコーヒー屋で独立すると言ったとき、全員反対しました。「食べていけんの?」って。
今では、独立して約3年で、月2t近くのコーヒーを世の中に流通させています。けどこれ、僕のなかでは想定範囲内でした。
── と、いいますと?
今でも、全国色んな所のコーヒーを飲んでいるんですけど、TERRA COFFEE ROASTERSのことをみんな知ってくれていて。何でかっていうと、それだけの勢いで僕たちが流通させていっているということ。
2tってどれくらいの数字かというと、流行っているお店1店舗で月に大体100kgくらい。で、10年とか15年とかやっているような有名店のスペシャルティコーヒーで大体月1tです。今うちは、2年8ヶ月で、月2tです。
── すごい……。
これは想定範囲内で。半年後、1年後、その先もイメージできています。僕は、コーヒーに関してはドンピシャ。それだけコーヒーの現状を理解している自信があります。
「質のいい肉を焦げるまで焼きますか?」 浅煎りにこだわる理由
TERRA COFFEE ROASTERSの「TERRA」は、ラテン語の「テッラ」。フランス語では、テロワールを意味します。素材の生育環境を意味する言葉です。
── TERRA COFFEE ROASTERSでは「苦くないコーヒー」にこだわっていらっしゃいますが、具体的にはどういうことでしょう?
食べ物で想像してみてほしいんですけど、焼肉や焼き鳥って、めちゃくちゃ焼きますか?質のいい肉を、焦げるまで焼きますか?
それと同じです。コーヒーは元々赤い実のフルーツでして。ワインの十数倍のアロマを持ってるといわれています。
肉や野菜もそうですが、火を入れれば入れるほど、中の水分や旨みが蒸発していきます。そして、炭化現象が起きる。炭化現象が起きたら、苦味が出てきます。コーヒーの苦味は、炭化現象の苦味。僕の店の直営では、深煎りは一切やってません。浅煎りにこだわっています。
ただ、朝から苦いコーヒーを飲みたくなる気持ちはわかります。なので、直営ではやってませんが、卸では深煎りもやっています。
うちの深煎りは、浅煎りの理論でやっていて。深煎りなんだけど、予熱で火を入れることで、ちゃんと水分を残しています。これはめちゃくちゃ理論が必要で。
── 低温調理のイメージでしょうか?
そう。浅煎りのメソッドがあっての、深煎りです。しっかり開発して卸しています。
── なるほど。コーポレートサイトで、生豆の地域特性や味わいだけでなく、経済や政治まで紹介されているのが印象的です。どうしてそこまで……?
生産者の背景、つまり、「どの国の標高何メートルの場所で、こんな原種をこういう風に育ててる。こんなコーヒーだ」というのを、ちゃんと表明することが大事です。「こういう風な味がします」っていうのを伝えたうえで飲むと、かなりおいしく感じます。「なぜ料理人が説明をするのか?」と同じことですね。説明を聞いて飲むのと、そうでないのとでは、やっぱり全然違います。
コーヒー × スポーツ 「TCR.CLUB」の取り組み
── コーヒーとスポーツをかけ合わせた取り組みをされていますよね。具体的にどのような活動でしょうか?
TCR.CLUBは模索しながら続けていますが、ランニングやロードバイクなど、スポーツをされる方が集う場所をつくっていきたいと思っていて。自分がコーヒーに出会ったきっかけはスポーツで。そこに、しっかり還元していきたいなと思っています。
これまでの活動でいうと、スポーツイベントに何度か出展させていただきました。スポーツとカフェインの関係性はすごくあるなと感じていて。出走前になると、長蛇の列が出来るんですよ。
2023年には、「トレイルランナーズカップ」を大阪箕面に誘致しました。本当言うと、そういう大会でTCR.CLUBのメンバーが走って、優勝を掻っ攫っていくみたいなのをやりたいです。「なぜ?これって、やっぱりカフェインじゃない?」みたいな。
TCR.CLUBは、秩序を持たずに広まっていくのが理想です。きっかけはコーヒーで繋がってるってだけで。今後は、卸先とメンバーが繋がるシステムをつくれたらいいなあと思っています。
「僕にとって、スペシャルティコーヒーを広めることは社会活動」
── RETOとのコラボの決め手は何だったんでしょうか?
僕からしてみたら、ありがたい話でした。僕は、最終的に、人間のミッションは社会活動だと思っています。RETOさんから話があった時、通じるものがあって。自分もこういう想いを持ってたから、ぜひやりましょうと。何かで繋がることによって、何かで協力できるかもしれないし、それは大きく言うと社会活動の一環だと思います。
高木さん(RETOの事業責任者)と最初にオンラインで繋いでもらった時、石川県輪島市で、能登地震で被災された方にご飯やお菓子を配っていました。そんな時に彼と繋がって、色々感じるものがありました。
RETOの活動は健康増進にも必要だし、休日に車に乗るんだったら、みんなで走ったほうがいい。地球環境のために、CO2の削減にも何か役割を果たしていけるんじゃないかとも思いました。
── 西村代表、本当に色々な事業や活動をされていますけど……、何者ですか?
コーヒー豆を卸してる、コーヒー豆卸屋さんです。あとは、社会活動家と言えるかもしれません。去年と一昨年は、世界最大の奉仕組織「ライオンズクラブ」の大阪一部エリア(北摂未来ライオンズクラブ)の会長をやっていました。
「何者だ?」と言われますよね(笑)。自分のなかでは、スペシャルティコーヒーを広めていくことも、社会活動なんですよ。コーヒーは「2050年問題」(※)に直面しています。
※コーヒー2050年問題:地球温暖化による気候変動の影響で、コーヒー栽培に適した土地が大きく減少すること。生育環境の悪化のみならず、コーヒーの木にとって大敵である「さび病」が深刻化しやすくなり、コーヒー農園に大きな影響が及ぶ。コーヒー生産量の減少やコーヒー農園の廃業・撤退、コーヒー生産者の貧困などが懸念されている。このままだと、おいしいコーヒーが飲めなくなり、今のように日常的にコーヒーを楽しむことは難しくなる。
スペシャルティコーヒーが将来なくなるかもしれない。誰が流れを止めるのか?っていうと、僕たちの世代です。ゲームチェンジャーにならないと。気候変動もそうですし、知識がない農園主と、決して公正ではない取引をすることを許さない。
現実問題、多くの農園がなくなったり、潰れたりしています。ここで僕が、TERRA COFFEE ROASTERSが頑張ることで、歯止めをかける。今の2tを、5t、そして10tと、もっともっと増やすことで、それだけ農園主に還元できます。その分、農園が生き残っていけます。これは、社会活動です。
── TCRのミッション・ビジョンも、とてもサステナブルですよね。西村代表が、そこまで社会のために動ける理由は何ですか?サステナブルを謳う企業や人は増えていますが、西村代表は本質的なことをされています。そこに至った経緯や思考を教えてください。
人生はあまりにも短いからです。自分が生きてきた証をつくるため。人生は瞬きをしている間に終わります。だから、101%の努力をするんです。101%の努力を積み上げていった時に、それが足跡となって残ると僕は信じています。
コラボコーヒーは手軽に飲んでほしい
── 今回のコラボコーヒーについて教えてください。
コラボコーヒーは、手軽に、おいしいコーヒーを飲みたい時にぜひ飲んでみてください。今回は、対照的な2種類を選ばせてもらっています。
まず1つ目は「ケニア」のコーヒーです。アフリカ大陸のコーヒーは、味わいに複雑性があります。アフリカはコーヒー発祥の地というのもあって、国によってはコーヒーが自生しているエリアも存在します。それくらい土壌環境が整っている。標高もあるので、糖度が高くなります。スペシャルティコーヒーのフルーツ感をすごく感じられると思います。
2つ目は、「ブラジル」です。ブラジルは、最近になってレベルがすごく上がってきています。標高がそこまで高くなくて、味がしっかりしているのが特徴です。
今回の2種というのは、スペシャルティコーヒーの味を、圧倒的な違いを感じてもらうための1つの表現です。それくらい、対照的です。
── どちらも飲みたくなりますね。ティーバッグのような形状には、何かこだわりがあるのでしょうか?
こだわりは、完全にあります。浸け続ける「浸漬(しんし)式」を採用しています。軟水に反応して、コーヒーの成分が出るんです。一般的なドリップは、上からお湯を注ぐ「透過式」。お湯が通り抜けるのは一瞬なので、淹れ方によっては味の成分が出きらない。中途半端にドリップするくらいなら、浸漬式のものを使ったほうが味がおいしいです。
(あとがき)
コーヒーに惹かれる理由は、人それぞれ。心が穏やかになったり、香りに癒されたり、コーヒーからたくさんの幸せを得ています。朝のコーヒーを毎日のルーティンにしている人も多いでしょう。そんなみなさんに、自戒を込めて、改めて問いかけます。
毎日飲むコーヒーのこと、どれだけ知っていますか?
テロワールに想いを馳せながら、本物のコーヒーをおいしく飲む。この行動は、自分の幸福度を上げてくれるだけではありません。巡り巡って、日本とは離れた場所でコーヒーを育ててくれている人をはじめ、色んな人たちに繋がっている。未来を変えるというと大袈裟かもしれませんが、その可能性を秘めている。そんなことを、考える機会をいただきました。
TERRA COFFEE ROASTERSの西村代表、ありがとうございました!
【コラボコーヒーの購入はRETO公式サイトから】
・KENYA KARIAINI AA [Light Roast]
柑橘系のしっかりとした酸味と甘さが特徴。酸味の変化を楽しめる1杯
・BRAZIL CARACOL COMMUNITY NATURAL [Dark Roast]
甘さとクリーミーなボディが特徴。ブラジルらしいテロワールを感じられる1杯